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2018年10月8日月曜日

「シ」について

OBAIGAラジオでも問いた「シ」について

このアンサー、やばすぎILL。

BIG RESPECT
光瀬 龍
萩尾 望都
「 百億の昼と千億の夜 」

OBAIGA with ジミーの画像、リスペクトを込めてサムネイルこれに変更です。




one step one life
OBA

2018年10月1日月曜日

ルドルフさん

ルドルフ•シュタイナー ドイツの哲人であり現代でいう究極的マルチアーティスト。

哲学から建築、医学、農業まで幅広い表現に、当時二十歳だった僕はクロスカウンターを受けたような衝撃をくらった。

なかでも舞踊分野にも彼の表現は展開していたことが非常に面白く「オイリュトミー」というオリジナル舞踊。

日本を代表するオイリュトミストでありDOPE極まりないダンサー、笠井 叡氏。
4〜5年前か。当時バリバリのストリートダンサーだった僕は軽いノリで知人にススメられた舞台を観にいった。その舞台公演が「日本国憲法を踊る」作 笠井 叡だった。
人の踊りを観ていて身を乗りだしたのは数少ない。にしても身を乗りだすしかなかった。なぜなら人が踊っていて具体的に舞う手の先に光の残像を観たんだ、本当に。
これは幻覚かって普通に思った。
ただ、幻覚かどうか以上に舞う手の先に身体動作ではおさまりきれない次元というか時空というか、、、そのようなシュタイナー的には‘エーテル体’、日本では合氣道を代表して‘氣’、更にはスターウォーズでいうところの‘フォース’というのは存在するのかもしれないとアラタメ真剣に考え始めた。
そこで先ずフシギに思うのなら即行動。
具体的に笠井さんのレッスンを受けに行こうと決意した。
「即興ダンス」についてのレッスンだったように思う。あれは中野だった。あの時の笠井さんのレッスンにはフタタビ衝撃を受けた。バトル(時にはショーケースやDJタイム中に踊り狂ってる時等)でトキに体験する、踊りが導く真っ白な世界。
その世界に入ると空間を共有する観客からジャッジ、バックDJまでも含めて‘ワく’。
その世界を「ミラクルゾーン」と当時のストリートダンスシーンでは呼んでいた。

笠井さんのレッスンでは「ミラクルゾーン」をミラクルとして起こすのではなく「自在」に起こすということであった。今までミラクルゾーンはミラクルらしく、ミラクルにまかせるしかないと諦めていた自分としては衝撃でしかなかった。
そうだよな、人間は諦める手前に追求した結果、電波も飛ばして売ることができるようになったんだもんな。踊りのミラクルゾーンも鍛錬によってミラクルではなくなるのかもしれない。
そこで当時はストリートダンス仲間たち数人で天使館によく踊りに行った。

実は笠井さんとの出会い以前に、高橋 巌さんの講義を町田に受けに行っていた。

その流れは自分でも謎でしかないのだけれど、単純にシュタイナーのドイツ語を日本語で表現した文章があまりにも凄くて訳者である高橋 巌さんに深く興味を抱いた。
そこから色々調べると町田で講義していることを知り、受講していた。
講義内容があまりにもDOPEで頭がふっとぶような思いになること多数だった。
あまりにも面白くて当時、毎週通っていた。
なんだか高橋 巌さんの講義を受けていると心が踊った。
当然座学だったが受講後はダンスレッスンを受けたような爽快感を感じた。
講義後の喫茶店での高橋 巌さんとの会話で、「オイリュトミー」を知った。
そして、その数年後に笠井さんに学びに行く御縁の連鎖には本当にフシギだなと感じる。

尽きるところ、なにをブログで共有したかったというと、、ルドルフさん原文 - 高橋 巌さん訳の文がやばすぎILLということ。

最後に、その言葉を残して本日の嵐夜はアケボノ時刻へと移り、今日もまた日が昇ります。


「〜自己に沈潜(ちんせん)し、自己と語り合い、自分にふさわしい生活信条を確立し、自己を吟味(ぎんみ)し、経験的な知識に思考の力を浸透させ、諸々の義務について思い巡らし、人生の意義と目的について反省する〜」
ルドルフ シュタイナー / 訳 高橋 巌


DOPE,,,


one step one life
OBA




2018年9月29日土曜日

岡本 太郎さん

岡本 太郎 「今日の芸術」を読んで人生がひっくり返るぐらいの衝撃を受けたのを今も強く覚えている。
それから川崎 岡本太郎美術館や青山のご自宅でもある記念館、大阪万博公園から鎌倉 明月院にある座ることを拒否する椅子まで全国に広がる岡本 太郎さんの作品という名の軌跡を感じてきた。

芸術は、爆発だ。

このコトバ以上に芸術の本質を捉えたコピーは存在するのだろうか。

爆発は即ち衝動と捉える。

人間の本能的な衝動が爆発し表現した結果、芸術が生まれる。

まったく、その通りだと思う。

結局、極めて純粋な衝動 ワクワクが爆発しないで圧倒的な平静心で至る仙人級アーティストも存在するだろう。

ただ、仙人は山で一人すごす。

ただ、しかし、さらに思うんだ。

南方熊楠の粘菌スケッチをアートと呼ばす、なんと呼ぶのだろう。

あの粘菌スケッチこそ、まさに爆発的な集中能力であり衝動そのものだとも思う。

衝動 ワクワク が 爆発する。

その瞬間、その刹那。

生まれる表現が、芸術。

生きることそのものが芸術であるならば、今日という一日でワクワクが爆発する瞬間 - 刹那があるだろうか。

ない日もあるかもしれない、毎日わくわくしている余裕そのものが労働環境によって無かったり人それぞれだけれど。

僕は「今」に生きていたいと思う。

常瞬間瞬間、この一歩から一生をかける想いで生きる。

One Step One Life

瞬間に命を懸け、開ききれ。

その瞬間その刹那こそ、我踏み出す此の一歩。

初期衝動(ワクワク)をもって

一歩一歩を大切に

心は不動でアレ。


One Step One Life
OBA