2015年2月21日土曜日

受け入れ一緒に流れる勇気

僕はまだこの生を受けて28年ほどしか経っていませんが強く感じることがあります。
それは、時に強く苦しいと感じたり痛いと感じたりする感情や過去などと向合うことの難しさです。

その負やネガティブと言われる感情との付き合いは中々難しくて、少し油断したらその感情は変な麻薬的な感覚があり依存性を高めます。
何故なら、苦しいだけではなく、そこには気持ち良さも意外と含まれているからです。
気持ち良さというと言い過ぎかもしれないけれど、意外とそのような感覚を大切にしていたりする自分がいるということ。
このことは、自分的にはかなり厳しく自分を見直したときに分かる事実でした。
もちろん、人によって違うし潜在的にそのような感覚が芽生えた時のような瞬間は別物と考えてもいいと思います。

ただ、そのネガティブ的な感覚は時に強く自己意識を高めるし自分の立ち位置を強く認識もさせてくれます。また表現するうえで、一番端的に且つスムーズに爆発するエネルギーの種類として出しやすいのが “怒り” です。僕は、ですけど。

何故そう思うかと言うと僕は夜驚症という症状と20何年来の付き合いとなります。
夜驚症とは、通常子供がなる症状で寝ているときに叫んでしまう睡眠障害とも精神障害とも言われている今だに原因不明の症状です。
何故 夜 叫ぶのかということを真剣に考えた結果、人間が一番放出しやすいエネルギーは 怒り や 恐怖的な感覚、すなわち発狂などの分類なのではと思い始めました。

夜驚症は通常、子供時に発生し子供の内に叫ぶことは無くなり治るとのことですが数%の確率で大人になっても続く場合があります。
その数%の僕は一時期、本気で夜驚症に対して悩みを抱えていましたが、ある時から本気で向合ってみようと覚悟を決めました。

そこから、叫ばなくなる一日の過ごし方、また叫んでしまうそれまでの一日などの違いを自分なりに統計を出して、どのようにすれば夜叫ばなくなるのかを自分なりに答えを出そうとしました。
その結果、今のところまだまだ調査中ではありますが、叫ばない方法として一番良い方法は疲労困憊になり半ば寝る瞬間のことを覚えていないぐらい疲れきって寝ると叫ばないということでした。

そのことで今の僕也にハッキリ分かったことは、一日に使えるエネルギーを使いきったら叫ぶエネルギーも無くなり泥のように寝れるというごくシンプルな答えでした。
そこで、子供のころになる症状ということも重なり自分の中で納得したのは、この夜驚症の根本原因はエネルギーが一日の中で消化しきれなかった場合に放出すべきエネルギーが夜に叫びという形をとって放出されるということなのではないかと思ったのです。

なので、辛い過去によるトラウマが原因とか精神的なストレスとか、そのように捉え苦しんでいましたが、もしかしたら単純に僕は人よりエネルギーが多すぎるのでは。そのことで一日に必要なエネルギー消費が達成できていない場合に放出しやすい叫びという形をとって夜叫ぶということになるのでは。というかなり楽観的な見解にいたりました。

さて、そこで何故、夜に叫ぶのか。別に発散だったら笑いでもいいのではという意見がネット上にありました。

ただ、これは僕の持論ですが人間の感情の中で一番に瞬間的且つ放出量が多いのは怒りだと思います。

なぜなら人間が一番注意向ける色は、赤色です。
すなわち色自体が放出しているエネルギーが一番強いのは赤色ということになります。
そして人間の喜怒哀楽を色に例えると、悲しみが青・喜びが黄色もしくは橙色・そして怒りが赤です。顔を真っ赤にして怒るという例が分かりやすいと思います。

なので止まれという標識を例えに、一番注意を向けなければならない標識に赤色を使用する人間は直感的に、怒りがエネルギーとして一番強く且つ瞬時に爆発する感情であることを認識しています。

なので人間は、潜在意識的になればなるほど意外ともの凄く効率的なところもあり、エネルギー放出として端的にかつスムーズにするため怒り すなわち叫びという手段をとるのではと思います。

このような視点で、感情や自身の夜驚症と向合ってみると、案外 そのような問題は捉え方ひとつという気がしてきます。

そこで、僕は思います。

辛い過去や苦しいことなどは、基本自分が執着したくて引きづってることが多い。

けれど、そのようにしていてはその問題とも真っ正面から向合えていないし、何しろ前を見る必要がある。

その為に、まず痛いかもしれない、苦しいかもしれないけれど、そのまま受け入れてみる。
そして、受け入れたらその辛い過去や痛みや苦しみに任せてトコトン一緒にその行く先へ向かってみる。
そうすると案外、ドライに解決策が見えたりするものなのです。
だから、それだけを表面で捉えている限りでは、その苦しみを案外大切に可愛がってる状態だと思うのです。
正面から向合い、目を見つめ、本気でぶつかり互いに理解してみること。

そのことが最近、僕のなかでは新たな自分との付き合い方となっています。

人によって自身との付き合い方は全然違うと思いますが、少しでも参考になったら嬉しいなと想い書きました。

それでは、また。
photo by 大洞 博靖






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